![]()


○プロローグ
本年は当初、ニュージーランドで軽いトレッキングでもしようと考えていた。
個人旅行でしかも年末年始ということになるとかなり前から航空券の手配をしないと難しいのである。
お盆くらいから航空券の手配をはじめたがすでにもう難しそうである。
仕方ないのでアラスカにオーロラを見に行くか、それともヨーロッパに行くかということになったが
本年の年末年始は長いのでせっかくだからヨーロッパに行くことにした。
航空券は少しでも早いほうが安く、いい航空券が取れるのですぐに航空券の着手に入った。
私はANAのマイレージを貯めているので「A STAR ALLIANCE MEMBER」の航空会社をあたった。
年末年始は航空券が高い上に取得するのも難しいがオーストリア航空の格安航空券を入手することができた。
イタリアの都市観光をしてスイスアルプスでも見るかと適当に考え、ローマから入ってチューリッヒから出ることしか考えなかった。
しかし、地球の歩き方とトーマスクックの時刻表を購入して、計画を立ててみるとかなり無理があることがわかった。
仕方ないので訪問都市はローマ、フィレンツィエ、ミラノは経由のみでインターラーケン、チューリッヒとした。
念願のヴェネチアは断念した。次の機会にしよう。
(イタリアは是非もう一度行きたい。)
そしてローマの街はとても大きいので1日で1人は無理と考え、現地オプションを付け加えた。
仕事も年末、急に忙しくなり、旅行が危ぶまれたが何とか行くことができた。
早く宮仕えなどやめてフリーランサーで十分所得が得られるようになりたい。
職場も嫌いだし....。
あと、旅行して英語を本格的に勉強して日本を離れて仕事しても楽しいかななんて思ったりもした。
少なくとも現状の自分には全く満足していない。なんでこんなことして毎日過ごしているのだと言う感じである。
愚痴くさくなってきましたがそんなこんなで旅行当日を迎える。
このページの完成が遅くなりそうですので行程を簡単に書きます。
-----
1日目:東京/成田-ウィーン(乗り継ぎ)-ローマ(泊)
2日目:ローマ(泊)
3日目:ローマ-(ES*・ユーロスター)-フィレンツィエ(泊)
4日目:フィレンツィエ-(ES*・ユーロスター)-ミラノ(乗り継ぎ、駅からほとんど出ず)-(インターシティ)-インターラーケン(スイス・泊)
5日目:インターラーケン(泊・ユングフラウへ)
6日目:インターラーケン-(インターシティ)-チューリッヒ(泊)
7日目:チューリッヒ-ウィーン(乗り継ぎ)-東京/成田(+1日)
-----
○ローマまで
航空券を予約したのが、お盆過ぎ、もう旅立ちの日がやってきた。
仕事が忙しいと時間が流れるのが早すぎる。どんどん老ける。
荷物が結構多いので、快速グリーン車で成田空港へ向かう。
成田空港はものすごい混雑である。これははじめてだ。
本年はカレンダーがいいから有給使わなくても9連休の職場も多いことだろう。
出発ゲートはこんなに並んでいたっけ。いつも。
混雑したセキュリティを通過して飛行機を見る。
この光景はいつもながら私は好きだ。
空港が混雑していたせいもあり、すぐに搭乗時間となる。
飛行機に乗り込む。
オーストリア航空といっても日本発着便でスターアライアンス系の機内は全日空に近い。
というか、ウィーンまではオーストリア航空と全日空の共同運航便(コードシェア便)なのである。
機内食にはANAのロゴも入っているし、音楽やテレビが日本ものでないからつまらない以外は
日系の航空会社と比べて不便は感じません。
機内食食べて、麦酒飲んでひたすらあとは「寝る」。
ウィーンまで12時間のフライトですからねえ。
どうも、私は長時間のフライトになると気分が悪くなる。
帰国の飛行機は酒も止めよう。
ウィーンに到着するともう暗くなっている。
東京より高緯度だから当たり前か。
さて、ローマ便に乗り換えである。
ここから先は日本語の助けは全くない。
成田で発券された搭乗券に記載されている便名やゲート番号と
飛行場の案内を見比べながら搭乗口を探す。
なんと、ウィーンで入国審査を受けた。
どうやらオーストリアに入国すると言うよりEU諸国に入国すると言う感覚である。
つまり、ローマでは入国審査がなかった。
通貨統合しているぐらいだから不思議ではない。
意外だったのはスイスはユーロでなく、また入国に際し、入国審査を受けた。
スイスは永世中立国だからなのだろうか?。この辺は私はあまり詳しくはありません。
今度は小さい飛行機にタラップから搭乗する。
日本人はウィーン便とはうってかわり私を含めて3人しかいない。
やっぱり、外国にやってきたという感じがだんだんしてきた。
1時間程度のフライトでローマ/レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港に到着する。
あっけなく税関を通過し、ローマでは東京駅に相当する「ローマ・テルミニ駅」に向かう列車のホームに出てしまう。
いったいどこで切符を売っているのだ。
列車には改札がないので乗れてしまうのだが、検札されればおしまいである。
しばらくさまよっていたら、なんと「キオスク」みたいな売店で切符を売っていた。
びっくりだ。
しかもイタリアでは自分で切符に刻印しないと罰金だそうでおそるおそる刻印機に切符を差し込む。
カチッと刻印された。さあ乗り込もう。
周りの乗客に「ろーま・てるみに」って言ったら首を立てに振ってくれた。
もう疲労も限界だ。駅のすぐそばのホテルで良かった。
地図を見ながらホテルに到着。
もうなんでもいいから食べて寝たい。
マックでハンバーガーを買って食べた後、風呂も入らずに爆睡。
○朝があけ、ユーロスターは座席指定!?、朝のローマ散策
翌朝、ホテルでバイキング朝食。
イタリアでは何を食べてもはずれを引かなかった。つまりおいしい。
しかしやたらと「ハム」を食べたような気がする。
なんかこのホテルには日本人がやたらと多い。
しかもパッケージ旅行の集団のようだ。
昨日、私がしたような苦労など全く感じない雰囲気だ。日本にいるみたいだ。
(昨晩の酒がどうのとか、温泉団体旅行の朝の会話か、これは....)
まあ、反対にそういう人から私をみると「何好き好んでこんな苦労をしているのだ。馬鹿じゃん。」って感じかな。
そして、地球の歩き方を部屋で読んでいたらちょっとびっくり、
ES*(イタリアのユーロスター・イーエススターともいう)近年、全席指定になったそうだ。
なんと、のぞみ方式ではないか!?。
急いで指定券を購入に行く。
朝焼けの駅周辺も綺麗だなあって、あせってちょっと綺麗な風景も見ました。
そして、私が日本から手配していた。オプションツアーに参加するために集合場所まで徒歩で行く。
歩きながら綺麗だなあと思う風景を撮影しました。
びっくりしたのは集合場所に着いてからです。
いたのはみんな欧米系の言語の人たち。
確か日本語ツアーだったような・・・。
バスに乗ろうとするともうすぐ日本語ガイドが着ますから。と。
しばらくバスで1人待っていると、中年の日本人女性がやってくる。
お互いに挨拶する。
私1人に専属のガイドさん。しかも今日1日。
日本でいくら払ったけ。
どこかの大手旅行代理店の団体らしい集団20人前後にガイドが1人だった。
なんと私のために1人ガイドをあてがってくれたのだ。
この女性とおそらく3日分ぐらいの濃度でローマを観光し、
ホテルに戻ったのが24時近く周ってしまうことはこの時、想像しなかった。
○ローマの手配観光がはじまる
ガイドさんがとなりで有名な場所を解説してくれ、撮影しましたがもうどこか忘れました。
すみません。
バスを下車し、トレビの泉へ。
確か右手でコインを持って左後ろに投げるとまたローマに戻ってこれるとか。
像の説明はみんな忘れました。すみません。
ただ通貨統合で泉のコインはユーロばかりだとか・・・。
それから足はパンテオンへ。
(*あまりにもガイドさんの話が膨大すぎてあまり覚えていませんので調べながら記載します。)
現存するローマ建築の最も完全な遺構で世界最大の石造り建築だそうです。
天井やら、絵画やら、お墓やら圧巻でした。
またまた足は「サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会」へ。
天井など内装の美しさもさることながら名画がたくさんあるそうです。
小・中学生時代の美術の成績があひるさんの私には何を持って名画なのかわかりませんが・・・。
またまたさらに足は「ナヴォーナ広場」へ。
ここの広場は開放的でローマ人たちのお気に入りの広場である。
ここの広場にはいくつかの噴水がありガイドさんがかなり熱心に説明してくれましたがあまり覚えておりません。
これらの噴水のうちの一つは4つの大陸を示している噴水だそうです。
さて、私がローマを訪れた時期はクリスマスで
(ローマでは24日を過ぎてもクリスマスシーズンだそうです。マスコミに煽られて雰囲気だけの日本とはやっぱり違います。)
クリスマスの部屋飾りをするためのGOODSを販売している露店がたくさん出ていました。
雰囲気が楽しそうでした。
そしてガイドさんと歩きながら写した風景をのっけておきます。
確か、子豚の丸焼き。サンドイッチのようにして食べるとおいしいらしい。
ガイドさんが横で買って食べていたのでちょっともらいました。とてもおいしかったです。
また街には公共水道があちこちにあります。もちろん、歩きながら飲めます。おいしいです。
また路地裏の建物には古い外壁のものも存在しています。これはこれで景観がよろしいです。
またガイドさんと何度も行きましたがローマ人達の社交場・BAR(バール・喫茶店のようなもの)で
コーヒーやお茶を飲みました。
座ると高いのですが、立ち飲みだとかなり安く飲めます。
便所に行きたい場合はここでお茶する代わりに便所を借りれば良いのだそうです。
もっとも私にガイドさんが1人だけだったからこんなことできたのでしょうけど・・・。
○サン・ピエトロ寺院(バチカン市国)にて
小学生の頃、社会科の地図帳か何かで世界で一番小さい国は。
「バチカン市国」って書いてあって、いったいどういう国なんだろうとほんとに考えていた。
ミクロネシアの小さな島国ではなく、ヨーロッパにあり、ローマに「ぽつん」とあるのである。不思議だった。
今では、カトリックキリスト教の大本山であることは知っております。
イタリアが統一された際に当時のローマ法王が「もうこれだけでいいよ。」ということで現在のバチカンができたとのこと。
バチカンは独立国なのだが敷地内には簡単に入れる。
こういうご時世なので建物に入るのにセキュリティを受けるが入国審査は別にない。
ただ、警護にあたっているのはスイスの兵隊さん。
寺院の中に入って行く。装飾や美術品の説明を受けましたが、そのときは納得していたのですが大方忘れてしまいました。
さて、クリスマスシーズンにバチカンにやってきましたので「ミサ」をちょうどやっていました。
パイプオルガンが流れ反響し、周りの装飾品ともマッチしまさに荘厳な雰囲気で、不思議な気分になりました。
これが宗教か・・・。
どこか、宗教に関係のある土地にやってくると宗教によらず、ものすごく不思議な感情に襲われます。
だから宗教なのか。
ここで3日くらい、聖職者に説教されたらカトリック教徒になりかねない雰囲気である。
また、懺悔の告白をする部屋がありました。
言語ごとに部屋があるようです。
もちろん日本語などありません。
さて、寺院を出ると、部屋から垂れ幕のようなものが下がっている。
なんと12:00にローマ法王・ヨハネ・パウロU世が出てきて演説をするらしい。
びっくりだ。
お出ましの時間になると広場が熱気に包まれる。
横でガイドさんも「ブラボーっ」みたいな歓声をあげている。
ほんとにローマ法王が出てきた。まさかローマ法王を見るとは思わなかった。
ヨハネ・パウロU世はポーランドの人でもうかなりの高齢だそうです。
それから、ランチをとるレストランへ行く。
途中、ローマの古い城壁をみる。
ガイドさんと昼食をとる。
なんでもワインは男性が注ぐそうで、私がガイドさんにワインを注ぐ。
さてガイドさんが今晩は仕事があって、ある家族のオペラの弾き語りの夕食を受けているそうでいっしょにいかが。
と誘われる。
夕飯は豪勢に食べようと考えていたので簡単に受けてしまう。
その間、時間があるのでちょっとチップでもくれれば午後の観光のあともスペイン広場を中心にガイドしてくれるそうで
これも簡単に受けてしまう。
ローマはとんでもなくでかいので、もういっそのことこの女性にすべて任せてしまった方がいいだろうと考えた。
○ヴェネチア広場を中心として
昼の観光がはじまる。
バスはヴェネチア広場へ。
まずは、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世祈念堂をみる。
これは、イタリアが統一されたのを記念されて作られたそうだ。
すぐ横にはヴェネチア宮殿があり、ここからムッソリーニが演説したとか。
またまたそのすぐそばには、ナポレオンが演説したところだとか...。
○フォロ・ロマーノととコロッセオへ
バスを降りてすぐに、ローマ時代のアパートだというところを見せてくれる。
それから市庁舎へ。
古代の建物の上に現在の建物を建てているそうだ。実際に建物を見ているとそんな感じがする。
足はフォロ・ロマーノへ入って行く。
ここは古代ローマ時代に市民の集会や裁判、商業活動や政治討論の場として設けられた公共広場で古代ローマの中核であった。
美しい神殿の跡を見て、石畳の道を歩く。石畳はローマ時代のものだそうだ。
203年にセヴェルス帝を記念して建てられた凱旋門を通り、
クーリアという元老院が復元されたものを通り、
市民の集まる、広場や演台を通り、
シーザーの墓を見る。
皆、当時シーザーを慕ったそうでそれを嫉んだ皇帝は墓の前に壁を作ってしまったとか。
協会や会堂を抜けて行き、テトゥスの凱旋門を抜けコロッセオへ。
皇帝がローマ人のために奴隷や猛獣の殺し合いの催しを頻繁にしたそうだ。
最後に奴隷が命乞いをするときは皇帝が決め、
確か親指を上に上げると命を救ってあげ、下に下げるとなんでも殺してしまうのだそうだ。
何ともむごい。
そして最後にコンスタンティヌスの凱旋門を通ってバスに戻る。
ローマ時代の雰囲気を堪能することができた。
○サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂にて
凱旋門を出たあとでガイドさんと2人でバスを待つ。
欧米人達はなかなか集合場所に集まらないようだ。
ちょっと暇つぶしに会話をはじめる。
イタリアは通貨統合でみんな物価が高くなってしまったそうだ。
東京は物価が下がりはじめてしまったと話した。
そうなの、乾電池がローマではものすごく高いの。
東京の値段とは信じられないくらい・・・。
あー、あー。私はローマにやってきた日本人難民。
日本語できるからなんとかやって行けるけど。
ローマの街並みを走る車を私は見ながら聞いている。
ローマは歴史的な街だから交通規制が厳しくてバスのツアー
がなかなかできないのよ。
今じゃ、市内バスツアーをやっている会社なんてあんまりないのよ。
ふーん。
また、旅行業界の裏話も聞く。
ふーん。なるほど。ここはホームページなので触れない。
そんな話をしているとバスがやってくる。
バスは本日の最終目的地、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂に向かう。
この寺院、確かローマの3大寺院のようなのだが郊外にあり、
あまり観光ツアーで行くことがないそうなのだ。
大聖堂に入ると、薄暗く、荘厳なパイプオルガンの音が反響し、ちょうどミサがはじまろうとしている。
ほんとに不思議な気分だ。
ガイドさんに椅子に座ってしばらくゆっくりしていていいかどうか尋ねると
了解してくれる。
ミサの雰囲気にのまれていると神父さんが登場する。
皆、一同が神妙にしている。
私はほんとにいいシーズンにやってきた。
雰囲気にのまれているとガイドさんから「もう行きましょう」と誘われる。
我々は荘厳な雰囲気のミサの会場を後にする。
○なんと、バスにおいてゆかれガイドさんと地下鉄で移動
我々が道路に戻るともうバスがいない・・・。
ガイドさんと寺院に戻り、仲間がいないかどうか探すが、仲間など誰もいない。
あっけらかんとガイドさんが路線バスで市街まで戻ろうかしら?。
なんて言っていると路線バスが出てしまう。
じゃあ、私は嫌いだけど地下鉄で戻ろうかしら?。
なんて能天気に話しかけてくる。
我々のことをおいていってしまう旅行会社のバスもすごいが
あっけらかんとしているガイドの女性もすごい。
ここは。イタリアなんだ。ラテン気質なのだ。
ガイドの女性も日本語をはなしはするがすっかり中身は「イタリア人」なのだ。
日本で大手代理店がやったら大事だろう、平気な顔をしていたガイドさんを
みて、やはりここはもうイタリアなのだとつくつく感じてしまいました。
地下鉄に乗る前に女性から「スリには気をつけてね。」とのことであった。
イタリアが長いと思われるこの女性ですら頻繁にすりにあっているとのこと。
なんでもナイフでポケットごと切り取られたらしい。
私も結構、気を引き締める。
すると無防備な日本人の若い男女のグループが乗車してくる。
全く警戒していない。
呆れ顔で彼ら彼女らを眺めていると、向こうもこちらに気づいたようで
身の防護を考えはじめたようである。
これじゃ、日本人だってすぐにわかっちゃうよ。
なんか浮いてるもんね。人に言えた義理ではないが。
電車を乗り換え、スペイン広場のある駅に降り立つ。
○スペイン広場にて
地下鉄駅に降り立つとガイドさんがすぐに職場に電話する。
報告すると、あっけなく話がつく。
こんなことイタリアでは日常茶飯事なんだ。
これはこれで面白い。
やはり、スペイン広場と言えば「ローマの休日」である。
私もこの旅行の前、はじめて「ローマの休日」を見た。
オードリヘブバーンは美人だ。言うまでもないか・・・。
すでに真っ暗であるがこの階段をオードリが歩いたのか・・・。
映画の雰囲気を少しだけ味わおう。
なんでここがスペイン広場と言われるかというとここにスペイン大使館が
あったことによる。
噴水を見てスペイン広場の夜の雑踏を歩き、スペイン階段を登る。
トリニタ・デイ・モンティ広場に出る。
夜のローマの街並みを見ることができる。
そばのオベリスクに入る。
これまで見てきた壮大な寺院とは違うが綺麗な絵が飾ってある。
そして、ガイドさんとともにさらに夜の観光バス乗り場目指して歩く。
○アメリカ大使館付近のイルミネーションとおしゃれな喫茶店(BAR)
足はアメリカ大使館の方へ向かう。
ガイドさんが
「ローマは治安が悪いと言うけれど悪いのは城壁の中だけで郊外は案外治安がいいのよ。」「東京と同じよ。」
「そうだ、フィレンツェに言ったらアイスクリーム食べてね。」
そんなこんな話しながらひたすら歩く。
結構足が痛くなってきた。そして疲れた。それにしてもガイドの女性は元気だ。
「次、ローマに来るときは新婚旅行ね。」
アメリカ大使館付近のホテルのほうに目をやり、
「やっぱり、新婚旅行で泊まるのだったらこのあたりのホテルね。」
「新婚旅行のときは私が案内してあげるから。」
さらに歩く・・・。
「ちょっと時間あるけどいい?。」
「おしゃれな喫茶店があるのだけど。」
「ここカフェ・デ・パリスというお洒落な喫茶店なのよ」
「座って飲むとすごく高いけど立ち飲みするとすごく安いのよ」
そして店内に入る。
すごく高級そうである。
2人で立ち飲みのところに足を運ぶ。
彼女が軽く「おごってよ」って。
なんとなくイタリアでは女性をエスコートするような文化があるのかなあ。
あっさり私がお金を払う。たがだが数百円ですが。
2人ともそろってレモンティを注文する。
そうするとレシートを渡される。
レシートをカウンターの上に置くのだそうだ。
そして「ボーイさんへのチップも添えることもお忘れなく。」
ということだった。
彼氏彼女でこういうお店に入ったとき、彼氏がボーイさんへのチップを払わないと
「私の彼氏はけちねえ」と評価が落ちるらしい。
なるほど、ローマデート豆知識である。
レモンティーが出てくる。
紅茶にはレモンの輪切りが入っている。
女性のガイドさんが「日本の喫茶店じゃレモンの輪切」は入っていないでしょう。
「日本のレモンには農薬が使われていて入れられないのよ。」
無農薬のレモンは高いでしょうから。
そんな話をしながら窓に目を向けると、窓の外から日本人カップルが恐る恐る店の中を見ている。
ガイドの女性が「恐らく値段が高そうかどうか心配なのよ」と、
「あなたも新婚旅行でやってきたらここで奥さんと椅子に座ってくつろいでね」
---
そもそも私は結婚なんぞ、するのだろうか。自由気ままに生きたい私にとって結婚は単なる足かせではなかろうか
それとも、結婚したい女性が現れるのだろうか。女性に対して恋愛感情を持ったのはもう何年前だろうか・・・。
かなりの年数だ。10年位、前ではなかろうか。もう結婚することが面倒くさくなってきている気もしないではない・・・。
---
「さあ、もうそろそろバスの集合場所に向かいましょう」
○夜のトレビの泉
バスの集合場所に到着する。今日一日、私はもうくたくただ。
またもやたくさんの欧米人たちばかりである。
その中に、日本人グループがいました。
初老の夫婦と成人した子供たちの一家である。
私も簡単に挨拶し、バスに乗り込む
ガイドさんが一生懸命説明してくれているが私は疲労がピークに
達しているので目をつむりはじめる。
そしてバスはトレビの泉に到着する。
昼間とはやはり雰囲気が違う。
家族グループがコイン投げをしていたが私は昼間していたのでやらない。
私が夜のトレビの泉を見て「ぼー」としているとガイドさんが
「あそこがオードリが映画で髪を切った散髪やさん跡よ」と教えてもらう。
○オペラの弾き語りで夕食
それから、バスはレストランへ。
レストランに入るなり大量の日本人が存在する。
「いったい、なんだ。」
机に座り、しばらく食事が出てくるのを待っていると
日本人の集団が去ってゆく。
周りが我々だけになる。旅行代理店でよくある「入れ替え」か。
食事が出はじめてオペラの弾き語りがはじまる。
発声はとてもすばらしく、また快活でもある。
東京芸術大学を卒業してオペラ留学にやってくる若者もたくさんいるとか。
しかし夢破れて帰国したり、ガイドになったりする人が大多数だそうだ。
こういうお店でショーができるだけでもかなり”上”の方らしい。
それだけ、ローマはオペラがすごいらしい。
そんな雰囲気の中、夕食を楽しみました。
この家族、初老のご夫婦の方が秋田の方で
長男・東京、娘2人が札幌・シンガポールと皆、ばらばらに暮らしていて、
ローマで家族全員で正月を過ごすのだそうだ。
私は列車を乗り継いでスイスのチューリッヒまで向かうと話したら
「へーすごいねえ。いいなあ。」って返ってきました。
明日はどうするの?。って。
もう明日はフィレンツィエに向かわないと予定が狂ってしまうと話した。
無計画にやってるんじゃないんだ。へー。
(本当は無計画に旅行できる身分に本当はなりたいのですけど、そんなことこの席上では言えませんでした。)
そんなこんな話しているうちに、ご馳走とすばらしいオペラで夜が更けてゆく。
最後にガイドさんがバブルの時代に日本人がローマに大挙して押し寄せてきたそうで
オペラ歌手がなんと当事、「上を向いて歩こう」なんて歌っていたそうです。
あの時代の日本人は何か変だったと私は思う。
(私はまだ高校生でした)
バスで宿泊ホテルまで送迎してもらい、ガイドさんとは連絡先を交換してお別れである。
時間を見たら日付が変わっていた。
明日のユーロスターに間に合うように起きねば。
就寝。長い一日だった。ほんとに。
○早朝ユーロスターでフィレンツェへ
翌朝、爽快に目がさめる。
そして、朝食を済ます。
私の宿泊しているホテルはローマ・テルミニ駅まで徒歩1分なのである。
さそっく出発時間に間に合うようにホテルをチェックアウトしテルミニ駅に向かう。
駅構内に入り、発券された指定券と行き先掲示板を照らし合わせホームを確認する。
(私のチューリッヒまでの切符は一等である。)
そしてユーロスターが入線する。かっこいい。
荷物置き場に自分の荷物を置き、わっかの鍵をかける。
一応、地球の歩き方にはイタリアでは手から離す荷物には施錠しないと危険であると記載があったのでそうした。
列車が走り出す。イタリアの田舎風景を一望することができる。いい感じだ。
しばらくすると乗務員がやってきてソフトドリンクとお菓子を無料サービスしてくれる。なかなかいいね。
ところでユーロスター、ローマをでると次の停車駅はもうフィレンツィエなのである。
のぞみが東京を出ると次の停車駅が名古屋みたいなものである。
日本の鉄道と違うのは大きなターミナル駅は皆袋小路になっており、駅に到着する度に折り返し運転をするのである。
車内の雰囲気を楽しんでいたらすぐにフィレンツィエに到着したようである。
○駅からドゥオモのそばのホテルへ
自分の大荷物を引きずりながらフィレンツィエの街を前進して宿泊ホテルを目指す。
ホテルはドゥオモの近くにあるようだ。
途中、ドゥオモを見て気持ちがあせったが、とりあえず大荷物をホテルに置くことにした。
○ドゥオモの中へ
荷物をホテルに置き、ドゥオモを目指す。
とうとうやってきましたフィレンツィエのドゥオモ。
あの「冷静と情熱のあいだ」で見ていた美しい街フィレンツィエ、そしてドゥオモ。
もしかするとあの映画をみた影響でイタリアにやってきたというのも否めない。
私と学生時代からのお付き合いの方は私がとんでもなく「ミーハー」なことをご存知のことでしょう。
ドゥオモの外観はあたりまえですが映画のようでした。私も映画の世界に感情移入してしまった。
まずはドゥオモの中に入る。薄暗く不思議な感じだ。
名画らしきものがたくさん飾ってあるがもともと美術のセンスがない私にとっては
ガイドさんがいないともう訳がわからない。
そんなことはさておき、クーポラに登る階段を探す。
どうやら建物内にはないようだ。外へ出よう。
○ドゥオモのクーポラに登る
外でやっと階段の入り口らしい場所を発見するがすごい行列である。
階段の入り口で入場制限をしているのだ。
「いったいどの位待つんだ?」
「とにかく待とう。」
待っていると雨が降り出す。
(イタリアでは雨が降り出すと待っていましたかのように傘売りが出現する。そしてめちゃくちゃ「ぼる」。)
やっと私の番がやってきて、クーポラに登る階段に入ることができた。
「冷静と情熱のあいだ」で純正は約束のあおいの30歳の誕生日に
何考えながらこの階段を一段ずつ登って行ったのだろうか?。
ところで、階段にはそこらじゅう、様様な言語で落書きがしてある。
もちろん日本語も。
---
2人のカップルらしき名前があり、以下のような落書きが
「俺たちまた2年後ここに来よう!。そしてその時、結婚しよう。」
こんな落書き、恥ずかしくないのかなあ・・・。
---
10秒後、後ろを歩いていた日本人女性二人組の爆笑が聞こえてくる。
「この二人絶対別れてる!!。」
別れているかどうかは別にして私もこの落書きをしたカップルが
きちんと結婚したのか大変興味があります。こんな恥ずかしい落書き書いちゃって・・・。
そして、光が見える。どうやらてっぺんについたようだ。
ほんとに映画のように上から光がさしてくるぞ!。(←どこまでもミーハー)
○ドゥオモのクーポラからフィレンツェの街並みを見る
クーポラからのパノラマ画像1 クーポラからのパノラマ画像2
クーポラのてっぺんからフィレンツィエの街並みを見渡す。
あおいがやってくることを全く想像せずに一人純正がこの街並みを黄昏て見渡す。
私も気分は「純正」(←馬鹿)
一人、ベンチに座ってあのときの純正の気持ちになってみる。
映画では10年前の約束をあおいも覚えていて後ろからやってきて再会してしまうのだものなあ。
映画とはすごいなあ。このシチュエーションは・・・。
確かにこんなシチュエーションにおかれたら、再開後の純正の台詞、
---
参ったなあ。この先のこと何も考えていなかったんだ。
現実はもっとシビアなものだと思っていたし、
僕は一人で待って一人で帰ってゆく。それでもいいと思っていた。だから参った。
---
は、私も理解できる。私も同じこと言いそうだ。
現実はもっとほんとにシビアだと思いますよ。ほんと。
それで、現れてしまったらどうしていいかわかりませんよ。
再会できるなんてほんとに思わないから先のことなんてほんとに考えないと思いますし・・・。
恋人たちが愛を誓う場所・フィレンツィエのドゥオモか。
あー、それにしても美しい街並みだ。さあ、降りよう。
○昼飯食べて純正が修復士の勉強をしたウフィッツィ美術館の脇を通る
ドォーモを下るとお腹がすいた。もう昼飯時である。
周りで飯が食べられそうなところを探す。
ファーストフードのようなお店しかないようだ。
とりあえず、ハムのサンドイッチのようなものを食べる。
見た目以上に結構、おいしい。
昼食も早々に街の散策に出かける。
まず、純正が修復士の仕事をしたというウフィッツィ美術館に行く。
しかし、閉まっている。
地球の歩き方を開く。
「月曜日は休み・・・。」
旅行をはじめてしまうと旅行の感覚は狂ってしまうが
確かに今日は月曜日である。
あの映画の雰囲気を感じたかったのに残念だ。
仕方ないので美術館の脇を通ってヴェッキオ橋へ足を向ける。
○純正がバイクで通るシーンの多かったヴェッキオ橋近辺
ウフィッツィ美術館の脇を通り数分歩くと川が見える。
ヴェッキオ橋にやってくる。
映画では純正がよく、バイクで走った。
あの美しい街のイメージと純正がバイクで走るシーンが重なる。
映画でだけで見ていたヴェッキオ橋にやってきた。
ほんとにやってきてしまう私の行動力もすごいなと関心してしまう。
ヴェッキオ橋そのものは橋の上に建物があり、ちょっと変わった橋です。
○とてつもなくでかいアイスクリームを食べて街を散策
ヴェッキオ橋を渡り終えたところでローマでのガイドさんの話が蘇る。
「イタリアにいる間に絶対アイスクリーム食べてね」と。
そんなこんな思いながら周りを見渡すとアイスクリームを売っているお店が見える。
ちょっと寒いがアイスクリームを注文する。
日本に比べると決して安くはなかったがかなりな大きさである。
これだけでお腹がいっぱいになるよ・・・。
必死になってアイスクリームを食べていると雨が降り出す。
おいしいのだが体が冷えてきた。寒い。
○純正とあおいが学生時代にあったチェリストと再会するクライマックスシーンのボッジ広場の近くの川辺
雨の中、フィレンツィエの街の中を歩く。
雨が降っていて人通りがないが、確かに映画で演奏会をやっていた場所だ。
純正とあおいの学生時代に2人で見ていた練習中のチェリストがなんと
イタリアのしかもフィレンツィエで演奏会と言う形で再会して、
学生時代に2人で聴いていた曲が流れてしまうのである。
映画での純正の「奇跡だ!。」という言葉はまさに真実味がある。
あおいが根回してあったとといえ、それでも「miracle」である。
映画ではなく、現実だったらほんとに凄すぎてしまうよ。
天気が悪かったので映画の雰囲気はあまり出ていませんでした。
-----------------
ちょっとフライングで純正とあおいが再会しハッピーエンドで終わるミラノ駅
私は滅茶苦茶ミーハーだ。
------------------
○足が痛いので街を散策しながらホテルに帰ることにする
さて、ここまで歩いてきて足が痛くなった。街を散策しながらホテルに戻るとしよう。
なんと靴は登山靴を履いているのである。
こんな街中、歩いていて足が本格的に痛くなってきた。
街を歩き、裏路地に入ると映画のような古い街並みであり、しかも美しい街、フィレンツィエを感じることができる。
○サンタ・クローチェ協会に立ち寄る
途中、大きな協会を見つける。
地球の歩き方を調べてみると「サンタ・クローチェ協会」であった。
中に入って絵画を見たりするがもう足が痛い。
ほどほどにしてホテルに戻ることにしよう。
○昼寝から目が覚め適当に夕食
ホテルに帰り昼寝する。
何時間ほど寝ていたのだろうか?。
ドゥーモの方から鐘の音がする。
当たり前だが映画と同じ音だ。
やっぱ、フィレンツィエだ。
なんかもう、夕飯を食べに行くのもかったるい。
ドゥーモのあたりの適当なファーストフード店で済ませてしまおう。
ファーストフードとはいえ、イタリアのファーストフードである。
結構、いける。
○翌朝、ユーロスターでミラノへ(純正もこれであおいを追いかけたのだろうか・・・)
翌朝、重い荷物を引っ張ってフィレンツィエ中央駅まで行く。
自分の乗る列車の入線ホームを確かめるため、大型掲示板を見る。
イタリアでは入線の直前まで自分の乗る列車のホームがわからないのである。
それはさておき、大型掲示板を見る限り列車のダイヤが大幅に乱れている。
数時間狂っているのでは・・・。
本日はミラノで乗り換えてスイスまで行かねばならない。
ミラノで乗り換えられなかったら大事なのである。
よくよく、掲示板を見渡すとユーロスターだけは「on time(定刻)」のようである。
心配ではあるが待合室で自分の列車が入線するのを待つ。
私の乗るユーロスターは時間どおり入線してきた。
列車に乗りながら考える。
これに乗って純正はあおいを追いかけたのか・・・。
映画での純正の台詞を回想する。
「奇跡なんてものはこの世に存在する訳はないのだ。
ただ一つ奇跡があったとするならばそれはあおいが
ただ一人で待っていてくれたことだけだ。」
快調に飛ばしてゆくユーロスターの車窓を見ながら
たびたびこの台詞を考えていた。
(それ以外にも現実では考えられないようなことがたくさんあると思うけど。まあ、映画か。)
そして、ミラノ駅に到着する。
駅のホームで純正とあおいが再会してハッピーエンドとなる。
ここまであの映画のことを考えて旅行している私はほんとにミーハーだ。
なんで、私がこんなにこの映画に感情移入するかって。
それは恐らく私にも私なりに学生時代の「青春」があったからでしょうね。
楽しい学生生活を送るためには総合大学で一つのキャンパスに文系・理系いろんな学部がある大きい大学がベストだと思います。
高校生活までではありえないような面白く、すごい人たちにたくさん会えます。
学生時代は毎日が楽しかった。今は正直「つまらない」。
ああいう日常はもう戻ってこないでしょう。社会というものは利害関係の世界ですから。
私の母校は世間を騒がせた「スーパーフリー」というものは無縁の東京から少し離れた田舎の大学でございます。
合コンするにも周りにほとんど大学ありません。
かなり話がそれてしまいました。
○駅の周りをぶらぶらしながらランチ
ミラノ駅に到着し、ミラノのドゥーモに行こうと考えたが
スイスへ向かう国際列車の発車時間まで2時間ない。
土地勘のないミラノでこれをやったら大変だろうと考えた。
まあ、仕方ないので駅の周りのレストランで食事でもしようと思う。
しかし駅の周りをぶらぶらするがレストランらしき建物が見当たらない。
どうしよう・・・。どんどん時間が過ぎてゆく。
もう覚悟を決めて、駅の売店で簡単に済ましてしまうことにする。
旅行に来ているのになんていう食事だ。
夕飯はホテルできちんとしたものを食べよう。
ところで、本日ちゃんとスイスのインターラーケンに到着するのだろうか。
○スイスへ向かう国際列車に乗り込む。米国に留学中の韓国人と相席する。
しばらくするとスイスへ向かう国際列車の入線ホームが表示される。
それからしばらくすると列車が入線してくるので乗り込む。
私が日本から座席指定をしていた座席には座席番号のところに
しっかりと何か印刷された紙が入っていてこの座席は
座席指定されていることを示していた。
私と向かい側で寝ていたアジア系の青年が目をさます。
「あなた日本人ですか?。」
「はい。」
「私は韓国人でカリフォルニア大学に留学中です。
同級生に日本人もいますよ。」
「私は修士号をとったが、仕事に恵まれず、つまらない仕事をしているよ。」
なんて、答えた。ほんとにうらやましい青年である。
冬休みを利用してヨーロッパ旅行だそうだ。
「日本には行きたいね。特に温泉。」
私が「赤坂」なんて地名をだしたら「あそこは高い。」って。
あなたも韓国へおいでよ。
「サーモンがすごく安いんだ。」
そんなこんないろんな話題に花が咲きながら列車は走ってゆく。
---
私が流暢に英語を話して韓国人の青年と話をしていたわけではありません。
わからない単語があるたび、私の電子辞書にスペルを打ってもらい、
それを私が日本語に変えてみたり。
私が和英をして単語を韓国人に見せたりしながら会話をしました。
外国人相手のかっこいい職業や外資系企業で働いていないのならば
そんなんで十分だと思います。
まあ、ときどきTOEIC受けたことありますか?。言われて固まることはありますが・・・。
私は学校出てから英語の教育を受けていませんし、そんな恵まれた環境にもおりません。
---
○車窓からイタリアアルプス・スイスアルプスを楽しむ
列車が北にどんどん進む。
車窓からはアルプスが見え、雪が見えはじめる。美しい。
韓国人の青年といろいろ話題が弾む。
どうやら彼も私と同じインターラーケンまで行くようだ。
彼は韓国人用のユースホステルのような場所に宿泊するらしい。
私は4星?ホテルに宿泊することを話すと
「すごいねえ」と言われたが、
私はスケジュールが非常にタイットでインターラーケンにゆっくり滞在できないからだと話した。
そして、インターラーケンまで行くのにスピッツ駅で列車に乗り換えなければならないのだが
彼も乗り換えるそうで心強い仲間ができた。
そして彼はヴェネチアからミラノにやってきたのだそうだ。
ヴェネチアでの彼のデジカメを少し見させて頂いた。
綺麗な街だ。私も近いうちに行きたいが金も時間もない。
話が盛り上がっていると、列車に乗っていたイタリア人女性が車内で大声で携帯電話で話すは
旦那と大声で話すは大騒ぎであった。
彼がイタリアの女性は「loud(うるさい・騒々しい)」で嫌だね。っていう。
そして日本の女性は素晴らしい!。「ザ・ラスト・サムライ」の女性は最高だよ。なんて言い出す。
日本人女性はみんな「たか」役の「小雪」みたいな女性だと思っているのだろう。
私は何百年前の日本人の話をしているのかと思い、
「long long long long times ago」なんて答えてしまった。
そして今の日本人も十分「loud」だと答えた。
恐らく私が韓国人女性はみんな「冬ソナのユ・ジン」だと思っているのと同じなのだろう。
そしてさらに話は変わる。
日本の「コイズミ(総理)」は好きだったけど最近、嫌いになった。
靖国にいったからね。靖国は「トウジョウ(東条英機)」を祭っている神社でしょ。
これもまたすごい誤解である。
靖国神社は戦争で犠牲になった人、みんなを祭っている神社で日本に1つしかなくて
その中に東条英機も祭られているのだと説明した。
なぜ、合祀しているかは、もう政治的な問題で一般庶民がどうのこうのできる問題ではないのですよ。
と付け加えた。
「日本人はみんなトウジョウは好きなのか?」
「ほとんどの日本人は恐らく好んでいない」と答えた。
歴史を正しく教えることは重要だと思うがここまで曲げられて教育されているようでは
(それは日韓お互い様だが・・・。)
仲の良い、隣人になるのは半永久的に無理なんだろうなと。感じてしまった。
○スピッツ駅で列車を乗り換え、インターラーケンに到着し、韓国人とお別れする。
列車がスイスに入る。
入国管理官がやってきて、私のパスポートを見る。
こういう、入国審査ははじめてだ。
周りの乗客がみんな落ち着いた感じになる。
そして、見える家々がイタリアとは趣を変えている。
そして、日も落ちて暗くなる。
時刻表をみると、もうそろそろスピッツ駅に到着しても良いようなのだが
まだ到着する気配がない。
英語が堪能な韓国人が車掌さんに聞いてくれる。
列車は遅れていてあと10分ほどで到着だそうである。
降りるため、荷物をまとめる。
そして「スピッツ駅」に到着。
さすが、スイスの冬、寒い。
スイスの駅は地球の歩き方にあったように非常に綺麗だし、
治安そのものもいいそうだ。
それからしばらくするとインターラーケンへ向かう列車がやってくる。
列車に乗るとすぐにインターラーケンに到着する。
韓国人の青年と駅前で記念撮影をして、メール交換をして、お互い「良い旅を!」
ということで別れた。
一面雪のインターラーケンの街の中を重い荷物を引きずって何とかホテルに到着する。
今までファーストフードが多かったのでスイス料理をホテルのレストランでしっかりととる。
かなりおいしかった。スイスも料理がおいしいんだ。
○ユングフラウヨッホ目指して登山列車に乗るが、天候は軽く雪が降っていて今一。
翌朝、ヨーロッパで一番高い鉄道駅「ユングフラウヨッホ」目指して出かけたいのだが
ホテルからのライブカメラでは「今一、視界がはっきりしない。」
しかし、もう明日にはチューリッヒに行かないと日本に帰れなくなる。
仕方ないので視界は望めないがユングフラウヨッホを目指すことにした。
インターラーケン オスト(東)駅で往復乗車券を購入する。
列車に乗れば乗るほど雪の景色は素晴らしいのだが後悔の念が沸いてくる。
ここは完全にスキー場ではないか。
今年の年末年始はスイスでスキーって言ったらかなりかっこいいが
私はスキーはしないのである。列車の中、私だけがザックを背負っている。
なんか浮いていないだろうか・・・。
でもスイスの家と雪もまあ、いいかと自分を納得させる。
○クライネ・シャイデックからさらに登山列車に乗りユングフラウヨッホへ
クライネ・シャイデックに到着する。
ここからは高山列車である。
それにしても小雪が舞っていて視界が悪い。スキーをしない私は欲求不満である。
○ユングフラウヨッホに到着。しかしながら視界が悪くアレッチ氷河を見渡すことができない。
ユングフラウヨッホに到着するが天候が悪く、視界が今一である。
晴れていればアレッチ氷河の大展望なのだそうだ。
もう、悔しくて仕方ない。
氷河のクレパスらしきものを見ることができるのでこれで我慢することにしよう。
少しだけ、表に出ることができるので出てみた。
3分で眼鏡が凍ってしまった。
ここは富士山並みの標高なのである。
悔しいので晴れてくるまでユングフラウヨッホに留まろうと考え始めたが
歩くとすぐに息があがり、頭が痛くなる。時間と共にどんどん激しくなる。
もう、高山病になってしまった。
もう下る以外、手段はない。
ユングフラウヨッホまでやってきたことを心に刻み下ることにする。
○気分が悪くなり下り始める。天気が良くなりだしアルプスを雲間からちらほらみることができる。
悔しいかな登山列車が下り始めると、雲が所々切れ始める。
スイスアルプスが見えるようになる。
ブルーな気分が晴れてくる。
スイスアルプス、雪、スイスの小さな家。とても綺麗だ。
もうこれで満足したことにしよう。
○インターラーケンの街
結構、早い時間にインターラーケンに降りてしまった。
お土産やをあさって、友人達に絵葉書を書いて時間をつぶした。
そして、トーマスクックの時刻表を調べて明日、どうやってチューリッヒまで行くか考えた。
○列車でチューリッヒへ移動
翌朝、重い荷物を引きずって駅まで行き、チューリッヒ方面へ向かうインターシティに乗り込んだ。
そこから、車窓を楽しみ、ベルンを通過しすぐに車窓の旅も終わる。
チューリッヒ・クローテン国際空港に到着し、何とかヒルトンホテルのシャトルバスに乗り込みホテルに到着する。
○チューリッヒ・クローテン国際空港のそばにあるヒルトンホテルにチェックインし、チューリッヒ中央駅へ。
もう、日も傾きかけていたがチューリッヒのダウンタウンを歩こうと思い、また空港に戻り、
チューリッヒ中央駅に向かう。
明日の飛行機の乗り場が心配だったのだが日航のパイロットさんと思われる人とシャトルバスに同乗したので
乗り場を教えてくれた。私のチケットはオーストリア航空なのに親切だった。
あなた英語できるから大丈夫でしょ。なんてパイロットさんに言われた。
ホテルのロビーで私の滅茶苦茶な英語で交渉していたところを目撃されしまったから。
でも、あの程度の英語力で私は英語ができるのだろうか・・・。
甚だ疑問である。
○チューリッヒの街を軽く散策
チューリッヒ中央駅に到着すると。
そういえば今日は昼食をとっていなかったことに気づいた。
売店でサンドイッチみたいのもものを買った。
「あんた日本人?」
「ええ。」
「これ、おいしいよ、どうもありがとう。」
なんて言われる。
そして、サンドイッチを食べながらチューリッヒの街を散策する。
周りの女性から冷たい視線が注いでいる気もするが気のせいか。たぶん。
画像をご覧の通り、チューリッヒは落ち着いた大人な、街です。
女性と街を歩きながらお茶でもしたいなと真面目に思いました。
そして、チューリッヒでの最後の晩、ヒルトンホテルで奮発してしっかりご馳走を食べました。
タイットなスケジュールではありましたが中身の濃いヨーロッパ旅行でした。
今度はヴェネチアから入ってフランスかスペインに抜けたいです。
戻る
(旅行に行ってからホームページを仕上げるのに10ヶ月もかかってしまった。)
|
|