そして下船。
歩いて厳島神社の方へ向かった。
途中、鹿がいたり、街並みをみたりなかなか良かったねえ。
あの有名な鳥居にも行ってみました。
私が行った時間は不運にも干潮。
鳥居の下には水がありません。
なんて不運なのでしょう。
厳島神社にも入る。
「どこかのバスガイドさんが満潮じゃないと
素晴らしさが味わえないのですよ。
残念ですねえ。」
ほんと残念である。
おそらく満潮だと建物と水が調和して素晴らしい景観を
作り出すのだろう。
考えれば考えるほど残念な気持ちになるので考えるのはやめた。
ロープーウェイ乗り場まで歩く。
京都風の感じが出ていてとても良かったです。
ロープーウェイで山頂へ。
瀬戸内海の海と山々が見えていい気分です。
また目の前には「さる」がいます。
襲わられなければ良いが。
それから下山し、適当に昼食をすませて広島平和記念公園へ。
また途中広島平和公園へ寄りたいので
西広島で降りて市電に乗り換える。
市電に乗り込む。
いきなり、ここでおばあさんに話しかけられる。
「あなた広島の人間じゃないでしょ。」
「はい。」
「東京の人でしょ。」
「そのようなものですが、何でわかるのですか?。」
「何となく雰囲気が違うからねえ。」
「へえ。」
「東京は2回ほど行ったけど恐ろしいところだったよ。」
なんて言われる。
なんかわかるんだなーと思った。
平和記念公園をしっかり見ていなかったのでみることにする。
まず、原爆ドーム。
TBS世界遺産でみた時はものすごく大きいものを想像しましたが
想像していたほど大きくありませんでした。
でも原爆に耐えた構造物と言うことで生々しいです。やっぱり。
あと市電にも原爆に耐えた市電が走っていて、それに乗ったときにも
不思議な気分になりました。
教科書にのっている平和のオブジェらしきものをを見て歩きましたが
あちらこちらに折鶴が置いてあり人々の平和への祈りが感じられました。
正直、私はわざわざ折りずる折ろうと思わないし、
折鶴みると○○小学校とか書いてあったので平和教育の一環
としてやっているのかもしれない。
こういう教育することに対して異論はないが私が小学生の頃は
日本人がかわいそうな目にあったから戦争はいけないのだと
ある一局面しか教育しなかったような気がする。
ここはホームページなのでこれ以上は書かない。
そして平和記念資料館へ入る。
ここでは生々しいものを感じる。
戦争に関しては立場や考え方でいろいろな見方ができるが
理屈抜きに戦争はいけないと、この場にいるときは
考えなければいけないだろう。
広島市民にしてみれば原爆投下された歴史のある街なのだから。
そんなこんなで新幹線の時間が近づいてきたので
広島駅へ向かう。
のぞみ500系は山陽新幹線の区間しか300kmで走らないと聞いていたので
わざわざ時刻表でのぞみ500系の指定券をとった。
新大阪へ移動中、車内電光掲示板で現在、300kmで走っております。
の表示をみて、このスピードが300kmか、とか感動してしまった。
大阪に到着して、ビジネスホテルに到着次第、
阪神甲子園球場へ向かう。
途中、百貨店でラジオを買う。
店員さんに「野球に行くのですか?。」
と聞かれる。
簡単にずばりあてられた。
しゃくである。
「違う!。」と答えた。
何度も店員さんが
「野球に行くのですか?。」と聞く。
そして私が「違う!。」と答える。
何度もやりあった。
馬鹿みたいだが....。
そして阪神甲子園球場へ到着。
周りには兵庫県警察のパトカーがたくさん止まっている。
私はいつか甲子園球場で風船を飛ばしたかった。
そんな思いでライトスタンドへ急ぐ。
阪神-中日戦の上、当時、阪神最下位であったが
もう少しで入場できなかった。
ライトスタンドの熱気はすごい。
外野指定席であったが、席などみんな無視している。
一度座ってしまうと、移動が難しいぐらい人がいる。
あとはもう応援団にあわせてメガホンたたきながら馬鹿騒ぎである。
いろんな応援歌はもう愉快である。
ピッチャー交代、蛍の光を歌って、六甲おろし、ものすごい愉快である。
気分も「すかっと」する。
そして7回裏、夢の風船飛ばしである。
応援団のリズムにあわせて風船飛ばしである。
風船が「ぴゅーっ」と、気分がめちゃくちゃ良いぞ。
そのあと阪神が2点リードしていたのが中日に1点勝ち越されれる。
9回裏、もう無理だろうと思って私は球場をあとにする。
周りの阪神ファンはあきらめずに帰ろうとしない。
阪神が勝つことを信じている。最後まで真剣である。
私が球場を出て球場の外を歩いていたら
ラジオからなんと9回裏でしかも下位打者で逆転したと
報じられると同時に球場から「大歓声!」が。
私は「馬鹿だ〜」と思うと同時に関西人は「すごい」
と思ってしまった。
ビジネスホテルのロビーに行くまで阪神のメガホン振り回して
桧山の応援歌を口ずさんでいた。
ホテルマンから「あのー」と言われるまで
歌っていた自分に気づかなかった。
ホテルマンから馬鹿な社会人だと思われたに違いない。
もちろん阪神のメガホンやら、うちわは宅配便で速攻自宅に送り
週明け、何事もなかったような顔をして仕事をした。
仕事が終わり、新大阪までのタクシーの中で運ちゃんと
阪神戦の話で盛り上がったことは言うまでもない。
尻切れトンボな終わり方ですが....。
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