
昭和48年:千葉県千葉市に生まれる。
曽祖父母・祖父母に大変可愛がられたそうだが記憶がない。
平成4年:千葉県内高等学校卒業
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進路の三者面談で中学担任教師から「存在感がない」と言われ、「いじめ」、「いじめられ」の不毛な中学時代を過ごす。この当時PC-8801というパソコンが流行していて授業が終わると開放感にあふれ深夜までゲームで遊んでいた。それでも成績はそんなに悪くなかったがよくも高校入試で合格したと思う。担任教師に内申書を悪く書かれているのだと思うのだけど。この高校の先生は中学校からの教諭の所見は無視すると言っていたが・・・。
高等学校に進学すると二流進学校とはいえ勉強しないと授業がわからない。中学時代全く勉強しなかった数学・英語の勉強をはじめる。高校時代の担任教師からは活力のある個性的な生徒に映ったようだ。環境が変わると人間こうも変わるものである。
平成4年:某国立大学理学部地学科入学
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高校3年間、生まれてはじめて「まとも」に勉強するということをはじめてなんとか、世間に大学名を出して恥ずかしくない大学に入学することができた。
学部生時代は柄にもなく教育系サークルに所属し、子供会活動なんぞしていた。これまで私は冷めた人間であったが先輩、後輩に触発されて「みんなで頑張って1つの目標を達成する」ことの素晴らしさを感じた。お酒もおいしく、馬鹿な夜遊びを仲間と繰り返した。私の現在の精神的な支え、哲学はこの時代に作ったものと思う。生涯の大事な仲間を作った。
平成8年:某国立大学理学部地学科卒業
平成8年:同大学大学院院修士課程(博士前期課程)進学
平成10年:同大学大学院修士課程修了(理学修士)
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授業で地理学関係の授業を受けて入学当時は岩石・鉱物を希望していたが興味が自然地理学に移り卒論から先は自然地理学の教室に入って衛星画像を用いて地理学の研究をしたが中途半端に終わってしまった。
研究室で先生含めみんなで勉学の疲れを癒すのにのんびりお茶を飲んだ日々が懐かしい。恩師は教育者としては素晴らしく大変学生思いの先生であった。ただただゆっくり、のんびりと好きな勉学に励めたこの時代は懐かしい。
この時代の素晴らしさはもう二度と戻ってこないだろう。
そして、就職・転職流浪の日々。
本当は研究者になりたかったのに中途半端な就職活動をした「つけ」が回ったのか体調を壊したり、職場が合わなかったりして流浪の日々を過ごす。学生時代のように「心意気合わせて頑張れる仲間」など社会に出てからは皆無で中学時代の不毛な日々に戻る。そして現在に至る。また体調を壊さなければ良いのだが・・・。
自分が上にのし上がるには手段を選ばない。
自分のためには反社会的な行動も平気
自分の能力も省みず、自分は「上」だと見せつける。
自分の地位を見せ付けるための手段が強権を使うことしか知らない人間
自分の体面を維持するためにひたすら他人を見下す。
・・・
社会に出てからこのような人間にしか会いません。限界です。
社会人をやっているとストレスがたまるのとやりたかった地理学に近いことをするために海外旅行やハイキングを繰り返すようになった。
そしてハイキング仲間から記録をホームページで残してみたらという薦めに従ってホームページの作成を始める。
そして、ホームページが肥大化してしまったために大幅に改定中でございます。
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